1960年に当時三菱造船に勤めていた曽祖父に祖母から手紙を送りました。

それが今から60年前でございます。

子育てしながらできる家仕事が農業だったので、田畑が欲しいと伝えました。

その後曽祖父が購入したのが戸田果樹園の始まりでございました。

祖父「よその嫁さんはよおけ稼ぎに行きよるけんの」とじいちゃんから言われて

祖母も仕事を探していたようでした。西条市でぶどう狩り戸田果樹園のホームページ

最初は池だった場所を開墾したのでユンボを入れて土をならしていきました。

その土をみんなで「エンヤットットー」と掛け声をかけながら
ふんどし一枚で開墾した畑でございます。
当初柿とみかんが植えてありました。

1965年祖母がアルバイトに行く道中見渡す限りみかん畑
みかんも大きくなっていましたが、値崩れすると判断しすべて伐採しました!
曽祖母「あんなせっかくみかんがなりよんのにもったいないことせられん!!」
反対を受けましたが強行しました!

たまたまJAに行くとぶどうの苗が売っており
他所では作ってないので植えました!

数年は作っても作ってもダメになり不作が続いてましたが

スーパーに行くとぶどうは並んでる!
1965年当初愛媛にはぶどうの指導員さんはいらっしゃらなかったので、我流でやるしかありませんでした。

香川のぶどうはスーパーに並んでるのを見て観音寺市西脇さんという方を訪ねて
なんども訪問する中で
「あんた熱心やけん教えてあげよわい!」と雨よけナイロンをしてぶどうを雨に当てない方法と種無し処理を教えていただきました!

帰って早速実践すると村中の人にそんなんしても
台風が来たら一発で飛ぶだけじゃ!と言われました。

その年に地域のぶどう屋さんで唯一戸田果樹園だけが豊作でした。
周りの方がやり方を教えてくれ!と仰るので全て教えてあげました。
そうして地域でぶどうがある程度できるようになってきまして

徐々に評判になっていきました。

現在は10件ほどありましたが半分になりまして
平均年齢75歳の方がぶどうを作ってます。

昨年よりお客様からご要望をいただいていた
果物狩りを実施しております。
現在戸田果樹園とともに歴史を刻んできた祖父母たちも88歳でございます。繁忙期は5時00分から26時まで働く2人も最近は疲れが見え始めてきましたが

家族で一致団結して
これからも地域から愛される戸田果樹園を目指していきます。

 

西条市でぶどう狩り戸田果樹園のホームページ